昨日、会議があった。
1週間以上前から案内をしているのだか出席率が悪い。と言うか悪すぎる。
人間ってものはこういう類いのもの出ると「何か役が回ってくる」とか「押し付けられる」感があるのか出不精である。態々、出来上がった案内文を訂正し「大事な会議となります。必ず出席してください」と書き換えてもこうだ。
「打てば響く。」「叩けば響く。」物を叩けば真空でない限り必ず何か音を出す。
しかし、相手は人間だ。何の音もない、出さない。情けないことだ。
私は出来ることは「する」、出来ないことは「出来るよう努力する」、出来そうにもないことは「断る」
ただ、それで良いことだと自分なりに考え、行動しているだけなのである。
出席しないことがその物にとっての音なのか?その物の責任感を問う。
日本の政治家もそうだ。
自らの命を絶てば責任が取れた事になるのか?
現在の子どもたちが一生懸命、お勉強しても行く末が見えている。
もっと大人たちが良い見本、お手本とならなければいけない。
自分がやっていることは「大きな声で挨拶すること」だ。勿論、老若男女は問はない。